« 英雄的ディスカウントショップ | メイン | ジョイフル本田の近くへ »
2004年10月02日
■ メモリアルツアー [ 日常 ]
私たち4年生は、委員会活動を引退し顧問という役割になります。
今日は開催当日に模擬店を出すために検便容器を取りにいきました。
今まで一緒にしてきた後輩たちは、入稿が間近であわただしい様子でした。
とりあえず検便容器を受け取り、お汁粉(出し物の予定)の実習を行うことにする。
あとあと考えてみると、嫌な組み合わせですな・・・。
実習をしてみてわかったことは、あんこが高いのと白玉をつくる手間がかかること。
どうりで、今までやる団体がいなかったわけだ。
大量に作りすぎたお汁粉どうしようかと、とりあえず後輩に分けることにした。
しかし、タイミングが悪かったせいか、到着早々バイトやらなにやらで帰宅してしまう1年生たち。
最後に残ったのは去年一緒に仕事をした後輩二人だけだった。
お汁粉はもうどうでもよくなって、後輩は日々の愚痴、われわれ4年は思い出話をし始めるのだった。
最近になって聞くようになったのだが、後輩によると私のやり方がとてもよかったらしく、自分も先輩の真似事をやってしまってますと言われた。なんだか嬉しいですね。技は見て盗めとも言いますし真似事も自分のスタイルの一つだよと後輩に話す。
そういえば、私が2年になったときには上司はいなかったんですよね。1年間教わったあと、事情によりやめていったのです。だから、2年の時から担当局の局長というわけです。その時は、後輩と一緒に思考錯誤やって仕事をやり遂げましたっけ。
最初2人だけの局だったのが3年になると4人にもなり、大げさかもしれませんが教えるのにも大変苦労しました。3年間という期間でどうやって身につけさせるか、つまり3年目で全体を指導できるようにならなくてはならない。それを実現させるには1年目は一から覚えてもらうので一通り体験してもらう。2年目は体験を元に全体を把握する力をつけさせ、1年生の教育も任せる。3年目はその2年の把握できてない部分を指摘するといった具合だ。
なにしろ、毎日のようにやっているわけでなく、開催前三ヶ月間が修羅場なのでブランクがあると知識も薄れるし、一種のボランティアみたいなものだから、ある程度妥協もするしかない。
3年目にしてやっと仕事を覚えるようなもので、実際に4年目もあれば今まで以上の良いモノになったかもしれないが、就職活動もあるのでしかたないですね。
とまあ、いろいろと思い出話をしてて、良いこともあったけど、つらいこともたくさんありました。つらいことがあるから、楽しいことは本当に楽しく思えた。そんな3年間だった。
投稿者 yuki : 2004年10月02日 15:53
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://yuki.cyberbrains.org/mt-tb.cgi/14